伊八紀行2000年過去ログ ![]()
平成12年のアップデート
12/02・真福寺・東耀稲荷社(神奈川県横須賀市)・11/21・長福寺・西叶神社(神奈川県横須賀市)
11/05・照光寺(石岡市)・10/27・平群天神社(富山町)・10/11・諏訪神社(佐原市)
9/28・八坂神社(3代)追加・玉前神社(伊八系)・9/27・飯縄寺に追加
9/25・金子光清・9/20・舎内院・泉福寺に追加
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| 12/29・ 今年最後の伊八紀行である。 去年も確か29日に行っていたようだ。 午前10時に出発、時間を稼ぐには東関道〜京葉道〜湾岸館山道が一番速い。 木更津を降りて、房総スカイライン〜鴨川有料おりて大日まで、1時間30分だった。 一番近いのが金乗院大日堂、鏡忍寺となるがここは何回も訪れているので、 まず4代伊八の愛宕神社に寄った。 そこから長狭街道を西に右折、大山不動は少し遠いので、 吉尾八幡を過ぎて410号に左折、丸山町方面へ石堂寺の前を抜けて 安馬谷の八幡神社と隣の寺福性院で写真を撮る。 千倉ではまだ行ったことのない社寺を参拝したが、殆どが後藤系でした。 白浜の社寺は訪れたことがないので、そちらへ行くついでに参拝、 しかし見るべき物はありませんでした。 ![]() |
| 11/19・長福寺、真福寺・(神奈川県横須賀市) 三浦半島の久里浜港は房総半島金谷まで東京湾フェリーで35分の距離です。 天気の良い日は肉眼で対岸が確認できます。 長福寺のある浦賀は車で10分くらいで非常に近い、 観音堂は現在鉄筋に建て替えられ初代伊八作の向拝竜は、 ここの石段上がって山門の左側鉄筋の虹梁の上に納まっている。 山門の右側には古いお堂がありまして、向拝の彫り物の出来がよいです。 伊八系の特徴はあるのですが、作風がイマイチ掴めません。 浦賀の港の側で隣に西叶神社が在り、 千倉の後藤義光の傑作が沢山あって驚いた。 真福寺はそれより内陸にはいる吉井という所に在るが、 そこは大造成中で昔の地図が通用せず、捜すのに手惑いました。 本堂は5.6段の石段を上がると正面奥にあり、 境内にある庭が品がよくて印象的でした。 この本堂に2枚の欄間があるのですが小生勘違いしまして、 先に行った長福寺で観られなかったので、ここにはない思っておりました。 本堂の向拝には彫り物はなく、 境内左の3メートル位高台に小さな祖師堂と思われるお堂があり そこには向拝竜、木鼻獅子、象鼻、向拝手挟と一式ありました。 刻銘は確認できないが、初代伊八の作に相違ありません。 ![]() |
| 11/05・照光寺(茨城県石岡市) 入り口に戻る 石岡囃子発表会が市民会館であるというので、見学に行った。 市民会館の近くの寺の門を新築していたので寄ってみた。 寺には葵の紋が入っており、徳川ゆかりの菩提寺のようだ。 本堂は平成年間に建て替えたもので、現在門を新築している宮大工の頭領の作です。 その頭領の話では、 向拝の竜と懸魚は京都の彫り師へ依頼、材料はこちらから送ったそうだ。 他の虹梁、軒飾り、欄間は全て頭領の作だそうで、最近はそういう傾向みたいです。 |
| 10/24・平群・平久里「へぐり」の祭り・(平久里天神社)山車7台 千葉県富山町平群という所で祭りがあり、土地柄伊八に会えると思い出かけました。 鎮守は天神社で天満宮、創建は古く土地の長老にも解らない。 江戸時代に建て替えられた記録はあるらしい。拝殿に向拝はなく古い形式なのか 軒飾りと蛙股があり、よく見てみると武志伊八系・作風は初代です。 山車7台にも欄間・破風の懸魚・欄干一部に彫刻ありましたが、 作が新しく、波の彫刻も在りましたが殆どが後藤系のものでした。 |
| 10/08 佐原の秋祭り(諏訪神社)・市制50周年・山車24台勢揃い 通常は祭礼日が重なって佐原の秋祭りは見学することができなかったが、 今年は市制50周年の記念行事もあるためか1週早くなり、見学することが出来た。 式典見学の前に、鎮守の諏訪神社へ参拝。 伊八系の宮彫刻ありました。何代か、弟子なのかは不明。 ![]() |
| 9/23 ↓ 大原はだか祭りに行く途中に寄ってきました。 八坂神社・睦沢町・三代信秘 拝殿の向拝竜は虹梁にそのまま彫ってあり、 その波の彫刻は初代信由を彷彿させる出来映え。 本殿脇障子二枚は風雨で傷みがはげしい、 図はどちらも獅子に牡丹で伊八家伝来の構図です。 飯縄寺(いづなじ)・岬町・初代信由 天狗様の寺として有名。仁王門の軒周りの蛙股は牛若丸の彫り物がいくつかある。 ここは現在も平成の大修理ということで工事中であったが、 外回りは工事が完成していた。 前回はよく見ることができなかった向拝の彫刻は、さすがというべきものです。 向拝竜は初代信由の遊び心が発揮されており、発想が実に大胆です。 裏に初代伊八の朱刻銘が確認できました。 祖師堂内はまだ修理中です。 ここは鐘突堂にも作は不明ですが立派な彫刻を張り巡らしてあります。 |
9/13 ↓鴨川市・諏訪神社の例祭日となっておりますので行きましたが、 境内ではゲートボールをやってました。 帰り道に泉福寺(4代)・金乗院大日堂(初代〜5代)・鴨川市郷土資料館と廻り、 少しですが写真を追加出来ると思います。 鴨川市郷土資料館に初代伊八が21才のときの欄間2枚があります。 この作品は鴨川市北小町・舎内院という寺院にあったもので、 寺院は現存してません。 その帰り道茂原市本納の橘神社に又、寄ってしまいました。 この神社のご祭神は、弟橘比賣命 日本武尊 景行天皇の時代から拝殿・神門あったが「応仁・天正」両度の兵火で焼失。 ↓ 現本殿(寛政一二年)の建立で、明治6年に県社になっております。 拝殿(明治二三年)は建て替え、彫り物等はない。 寛政九年から5年間、伊八の作品は発見できていない。 本殿の向拝虹梁の唐草の彫り。妻飾りの彫刻作風は伊八系で 年代、作風から初代伊八の作に相違ない。 しかし向拝竜がないからであろうか これだけの大きな神社の彫刻が千葉県文化財実態調査報告書に 載っていないのは不思議である。 |
8/22 ↓東京西新橋に用がありまして、そのついでと言っては何ですが、 杉並区堀ノ内の妙法寺に足を延ばしました。 妙法寺は初代展示室で解説しておりますが、21才の時の作です。 祖師堂の中に入ってみると、彼の才能は計り知れないものだと感じいりました。 写真を公開しますが、ただ唖然としてシャッターを切っておりました。 |
| 8/14.15 ↓ 6ヶ月ぶりに館山の瑞竜院へ行って来ました。 手違いがありまして14日はお帰り、翌日15日に拝観できました。 瑞龍院は館山市畑「はた」という所・房総半島南端・山の中頃に位置します。 小生の住所からは車で最低3時間は掛かりますが、 檀家役員のかた達が快く迎えてくださいまして、 初代伊八の作品を裏の隅々まで観察できました。 14日の帰り道、石見堂(二代)と八雲神社(鴨川・四代)に寄ってきました。 少し追加ができると思います。 |
| 7/09 ↓ 成田山・釈迦堂(国宝)・・・さすが成田山、純木造で残っているのはここだけ。 大きなお堂ですが、中では厄よけの御祓いをやっておりました。 向拝虹梁、扉、胴羽目、軒等総彫刻入りです。 年代も古く、左甚五郎系・島村一派の作品等があり、 当時の著名な彫り師の作品もあります。 祇園会の最中でしたのであまり詳しく拝観できませんでした。 |
6/18 ↓天御中主神社・佐倉市上志津・・・お宮というより厨子という感じ。 鉄骨、スレートの屋根で囲ってありました。 彫刻は向拝・胴羽目3面・障子・軒下等にあり、小振りながら出来はよかった。 特に気づいたのは、向拝虹梁、海老虹梁、下欄、軒下の彫刻です。 虹梁の唐草には全て、波があしらってあり、下欄の波千鳥、 軒下飾りの波の彫刻と、伊八系の作風でした。後日、研究の余地有り。 出展しました。 鷲神社・佐倉市先崎・・・帰り道に寄りました。 大江の鬼退治説話の胴羽目3面アップで撮りました。 竜の絡んだ向拝柱、大木からの彫りだしであるアップ写真撮りました。 私は大変な力作であると思っています。 出展しました。 |
| 5/22 ↓ 柴又帝釈天・題経寺・・・木彫の寺で帝釈堂彫刻ギャラリーは圧巻です。 四代伊八信明のところで書いてありますが、 帝釈堂の胴羽目は当時昭和初期の名人の作です。 屋根下、回廊廻りの彫刻は全て四代伊八信明の作で 帝釈堂、本堂、釈迦堂の向拝虹梁は全て4・5代の作です。 見逃せないのが、二天門、鐘突堂、水屋。 特に水屋は網が架かって見づらいのですが、「波に鯉」などは傑作です。 二天門の虹梁、裏側の彫刻もそうです。 製作当時、柴又帝釈天参道の人たちから「仙蔵さん」と呼ばれ、 人気があったのもうなずけます。 詳しい説明と写真は |
![]() 成願寺(君津市)・欄間(向拝に4枚/本堂内に3枚)・ 初代伊八・・・「欄間七枚全て彩色有り」外から観ることはできるが、 住職不在で中には入れなかった。 八幡神社(長南町)・拝殿、本殿・ 二代信常・・・彫刻の宝庫で廻りに二代の作がビッシリ。感激 ! 月読神社(長南町)・本殿・ 三代信秘・・・資料では二代となっていますが、刻銘を確認すると三代信秘でした。 岩田寺(君津市)・本堂妻側(力の仁王・左右)・本堂内(欄間・三枚)・ 二代信常・・・住職は居られたが話を聞くと、昔に泥棒に入られたので、 最近は本堂の扉は締め切りになっている。 小さな窓から観ることはできるが写真は撮れない。向拝虹梁特徴有り。 真高寺を一年ぶりに訪ねた。山門の蛙股の彫り物はいつ見てもすばらしい。 門内の虹梁も伊八の特徴がでている。 鶴舞不動尊・西蓮寺・・・帰り道なので寄ってみました。 この寺は資料に載っていないのですが、三代信秘の作であると確信しています。 ![]() |